幼いころから、私は本が大好きな子どもでした。
母親が寝かしつけのために絵本を読んでやったところ、あまりに喜んで反応がよかったため、毎晩寝る前に数冊読み聞かせることが習慣になったそうです。
そのおかげか、小学校に入ったころには、自分で物語を書いたり、漫画を描いたりするようになりました。
自然や生き物が大好きで、おてんばでもあったので、同級生と野外で遊びまわることも多かったのですが、いったん執筆を始めると、友達が誘いに来てもことわって集中するような状態でした。
『吾輩は猫である』に影響を受けて、飼い猫の視点から家族の日常を綴ったり、SFの冒険活劇など、専用の原稿用紙を買ってもらって毎日のように書いていました。
同時に理科系の自由研究にも熱中していて、『ミツバチに学習能力があるか?』とか、『てんとう虫の地域分布図』とか、『ヒキガエルの繁殖活動』とか、実験やフィールドワークの結果をノートに図解入りでまとめたりと、私にとって ”書く” ことは喜びであり、自己表現の源泉でもありました。
これらは先生からはあまり歓迎されませんでしたが(詳しくは後述します)、両親の友人たちには好評で、遊びに来るたびに面白がって読んでくれていたようです。
国語の授業では、作文が得意で、読書感想文などで賞をとることもありました。
同時に、漫画やイラストも得意で、オリジナルの作品をどんどん生みだしていました。
ところが、小学校高学年になると、そんな私の創作への意欲はいっぺんに消滅します。
理由は、先生や同級生から否定的に扱われるようになったからです。
当時、 ”根暗(ねくら)” ”根明(ねあか)” という二分法で人を評価することが流行りはじめました。
私のような文化系の趣味を持つ人は”根暗(ねくら)”に分類され、いじめの対象になったりしたのです。
もちろん、趣味が暗いから、というだけではなく、私の友人への接しかたや、クラスでのふるまいかたにも問題があったのかもしれません。
ただ、少なくとも私の通っていた小学校では、”根明(ねあか)” が無条件によいことだとされ、”根暗(ねくら)”はいじめや嘲笑の対象になる雰囲気でした。
1980年代ごろでしょうか、そんな時代がありましたよね。
同年代の皆さんには、共感していただけるのではないでしょうか。
今の子どもたちの間でも、”隠キャ” ”陽キャ” といった言葉で人を二分する文化が流行っているようですが、息子たちのようすを見ていると、”隠キャ” が必ずしも否定的に扱われるわけではなく、あくまでもキャラクターの傾向を指す分類であるようです。
私などは”根暗(ねくら)”とからかわれると必死で明るくふるまって、その称号を却下してもらおうと努力したものですが、息子たちは
「ああ、学園祭は、”陽キャ” の子たちが盛りあげてくれるからいいの。僕は”隠キャ”だから、縁の下の力持ち的な」
などと言って、飄々としています。
価値の多様性が認められるようになって、いい時代になったなあと思います。
さて、当時、小学校高学年で ”根暗(ねくら)” に分類された私は、クラスメイトから
「トカゲやカエルが好きとか、気持ち悪い」
「ひとりで本ばっかり読んで、暗いよねー」
「絵とか作文とか、賞もらったからっていい気になってんじゃねーよ、暗いんだよ」
「うわー、ブラックホールに吸いこまれるー」
などと、日々からかわれるようになりました。
極めつけは、学校から課題として書かされていた”自由研究ノート” に、詩だか作文だかを書いて提出したある日の、赤字で書かれた先生からのコメントでした。
「おうちにこもって作文ばかり書いていないで、お友達と外で元気に遊びましょう」
足元がガラガラと崩れ落ちるような衝撃でした。
文章を書くのが好きなのは、いけないことなんだ──
今では考えられないことですが、これは先生が特別ひどい人だったわけではなく、 ”子どもはとにかく元気で明るくて、友達が多いほうがよい” という当時の価値観を共有していただけだと思います。
しかし、私はそのときを境に、ぱったりと文章を書くのをやめてしまいました。
国語の授業で書かされる作文は、適当に書き散らして、賞をとったりしないようにしていました。
また、図工の作品はわざと提出せず、またはおざなりに作って、やはり賞をとらないようにしました。
今こうして振り返ると、当時の私にもう少し、強さと賢さがあったら……などと思ってしまいますが、画一的な学校の雰囲気の中、それも女子である私には、自分を貫くのはとても難しいことだったと思います。
当時は、「女はバカのほうが可愛い」などと当たり前のように言われていた時代でしたし、最近でも、女子のギフテッドは自分の能力を隠す傾向にあるようです。
これは、女子のほうが仲間内の同調圧力が強いせいか、それとも、まだまだ女性に知性が求められる状況ではないからでしょうか。
ともかく、私はこのころを境に、学習意欲をすっかり失ってしまいました。
そして、文章を書くことも、絵を描くこともいっさいやめてしまったのでした。
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