IQ133(ギリギリギフテッド)ってどんな感じ?①学業編

ギフテッドの定義として、一般的にIQ130以上であることがあげられます。
“ギリギリギフテッド”とは私が作った言葉で、IQ130〜135前後のギフテッド層を指します。
天才と呼ばれるような高IQ(140以上)の人たちとは異なり、ギリギリでギフテッドのラインに乗っている層です。

この記事では、特にこの “ギリギリギフテッド” の人たちの特徴を、実体験をもとにご紹介したいと思います。
特に、同じくらいのIQのお子さんをお持ちの保護者のかたには参考になる内容だと思いますので、ぜひ最後まで読んでみてくださいね。

この場合のIQとは、医療機関や教育現場などで受けられるWISC(ウェクスラー式知能検査)などの値を指します。
最近ネット上に出回っているIQテストの多くは、信頼性も低く、お金儲けや情報収集目的のものもありそうなので注意が必要です。

そもそも一口にIQ130といっても、人によって特性はさまざまです。
WISC(ウェクスラー式知能検査)では、5つの指標を調べて、総合的な知能指数を算出します。

① 言語理解:言語による推論力・背景知識の量
② 知覚推理:視覚情報の分析力や直観的な推論力
③ ワーキングメモリー:注意力・処理の柔軟性・短期記憶
④ 処理速度:視覚的注意力・筆記スピードなど
⑤ 流動性推理:新規問題への対応力・柔軟な思考

私は小学校低学年のときに受けたので、細かいことは覚えていないのですが、① 言語理解 が飛びぬけて高く、② 知覚推理 ⑤ 流動性推理 もそこそこ高く、一方で ③ ワーキングメモリー ④ 処理速度 は標準以下だと、先生が両親に説明していた記憶があります。

実際、単純作業をやらせれば人の3倍は時間がかかりますし、忘れ物やうっかりミスもたいへん多いです。
正式に診断されてはいませんが、ADHD(注意欠陥障害)の傾向がある2Eギフテッドではないかと思っています。
ギフテッドの中には、こういった凸凹を抱えている人が案外多くて、そのために誤解されたり生きづらかったり、中には社会的不適応を起こしてしまう人もいるようです。

また、私は30代のころ、大学で心理学の勉強をしていたのですが、授業の一環で受けた言語性知能の検査で、IQ135という結果が出ました。
このときは、ほかの学生の3分の1程度の時間で早々に解き終わったため、となりの席の男子学生から「すげー!」と驚かれました(笑)。

こんなふうに書くと、やはりギフテッドって優秀なんだ、と思われるかもしれません(すみません、前の文章、ちょっと得意げに書いてしまいましたね^^;)。
確かに、ある一面の能力では秀でているのだと思います(知能テストの問題を解くのが速いとか^^;)。

しかし、このお話はまた別の記事でくわしく書こうと思いますが、実は私の最終学歴は高校中退です。
高校を中退したあと、しばらく社会に出て仕事をしていましたが、23歳のときに「大学入学資格検定試験」を受けて合格し、結婚して30代になってから大学に入学しました。
けれども、2年生のときに子どもができ、体調が悪くなって休学、出産後は育児が忙しくなってしまって、やむなく中退しました。
ですから、最終学歴は高校中退ということになります。

いかがでしょうか。
IQの高さから予想されるイメージとは、だいぶ違った道筋ではないでしょうか。
実は、ギフテッドの中には、高校生活になじめず中退してしまう人が少なからず存在するようなのです。
高IQが必ずしも高学歴に結びつくわけではないのですね。

また、無事高校を卒業して進学したとしても、志望通りの大学に楽々と合格する人ばかりではないようです。
東大生の平均がIQ120くらいといわれているのに、これはいったいどういうことなのでしょうか。

この謎にせまるために、ギリギリギフテッドのモデルケースとして私の家族を紹介しようと思います。

同じIQなのに、人生は三者三様

知能指数というものは、遺伝的な要因が強いという定説のとおり、父と弟と私は同じ値で、全員IQ133です。

父は難関国立大学を出て、戦後を代表するドキュメンタリー映画製作会社に就職しました。
33歳のときの初監督作品で産業映画部門の金賞を受賞し、産業映画、科学映画を主に製作していました。
脚本や演出も担当し、海外ロケは70カ国以上。
語学が堪能だったため数か国語をあやつり、楽しそうに仕事をしていましたが、産業映画の衰退にあらがえず、製作会社が倒産したこともあって、晩年は身を持ちくずしました。
それでも、持ち前の能力をいかんなく発揮して、ギフテッドらしい活躍ぶりだったと思います。

弟は大学には行かず、高校卒業後はフラメンコギターに憧れてスペインに渡ったりして音楽活動をしていましたが、今では家庭を持ち、堅実に会社勤めをしています。
作曲や演奏に非凡な才能がありますが、プロになったわけではなく、演奏活動はあくまで趣味の範疇です。

父はともかく、弟や私を見てギフテッドであると気づく人は、まずいないだろうと思います。
IQ140超えの天才肌の友人知人を見ていると、あきらかに周囲と違い、飛びぬけて優秀なのがわかるのですが、私たちくらいのギリギリギフテッド層は、さほど普通の人と変わらないのではないでしょうか。

それでも、弟や同じくらいのIQを持つ友人と話していると、ギフテッドに共通する特徴ってありますし、同じような困難を抱えていたりします。
やはりギフテッドを定義・分類して研究し、教育支援に活かしていくことは、これからの社会のためには必要なことだと感じています。

というのも、結局知能指数というのは能力の指標にしか過ぎず、適切に使わなければ活かされないのですよね。
同じIQ133のキャパシティを持つ私たち家族が、これほど多様な人生を送っていることでもわかると思います。

さて、それでは、似通った遺伝子を持ち、IQも同じ私たち家族の人生に、違いをもたらす要因とはいったいどんなものなのでしょうか。

時代背景の違い

一番の要因は、育った時代における価値観の違いではないでしょうか。

父が青年期を過ごした1950年代〜1970年代は高度経済成長期で、社会全体が前向きで上昇志向が強い時代だったと思います。
高学歴が豊かな生活へのパスポートだと信じられ、大学進学率も急上昇しました。
ですから、父も持ち前の知能を活かして勉学にはげみ、一流大学から一流企業に進みました。

転じて弟や私の育った1970年代〜1980年代は、経済成長の成果が広く国民に行きわたり、一億総中流時代といわれるように、生活水準が均質化した時代でした。
”みんな同じがよい” とされる価値観から、出る杭は打たれる風潮が蔓延し、若者は無気力に。
”シラケ世代” ともいわれるように、努力することがカッコ悪い、という価値観の時代でした。
勉強好きなクラスメイトを ”ガリ勉” などと揶揄してバカにする風潮もこのころから始まったと思います。

そんな価値観の中、弟も私も、勉強をがんばるモチベーションが持てず、遊んでいてもそこそこの成績が取れる要領のよさもあいまって、学習習慣が身につかないまま成長しました。
両親もつねづね「勉強ができることが人間の価値じゃない」と言っていましたしね。

ギリギリギフテッドの転落

ところが、です。
われわれ ”ギリギリギフテッド”( IQ130〜135前後)が、勉強しなくても及第点が取れるのは、だいたい高校2年生くらいまでのようです。

きちんと統計をとったり調べたわけではないので、あくまでも私のまわりのギリギリギフテッド層の人たちの事例です。
「おんなじくらいのIQの人たち、みんなそう言ってるよね」
というレベルの情報なので、あしからずご了承ください。

さて、高校2年といえば、数学の授業が急に難しくなる時期にあたります。

皆さんも、思い出してみてください。

そう、三角関数の登場です。

サインコサインタンジェント、あれです。

このあたりから、急に覚えなければいけない公式が増え、場当たり的に問題を解くことが難しくなったと記憶しています。

「あれ?これはやばいかな?」

と気がついても、今まで積みあげてきた学習習慣がまったくない私にとっては、すでに手遅れでした。
今まで努力してこなかったツケが、ここで一気に回ってきたのですね。
当然成績は急落、大学受験を目前に、なすすべもなく立ちつくすという状況でした。

もちろん、ここから巻き返しをはかって猛勉強した強者もいらっしゃると思いますが、私は勉強以外にも色々な問題があって、高校2年の3学期で中退してしまいました。
高校中退の顛末については、こちらもなかなか驚きの事例だと思いますので、別の記事でくわしく書いてみたいと思っています。

さて、今の高校生の学習状況は当時とまた違っているとは思いますが、私の経験からお伝えしたいことは、

「やはり学習習慣は大事ですよ」

という、あまりにも当然な結論になります(汗)。

小学生・中学生のころに、授業が簡単すぎて退屈してしまい、学習意欲を失いがちなのが、ギフテッドの子どもたちに共通する特徴だと思います。
日本の教育制度では、どうしても全員一律のスピードで学習が進められるため、ギフテッドの子どもたちには、さらに先に進むことを許可するなり、本を読むなどの興味のある活動を許可するなり、授業中の過ごしかたに特別な配慮が必要ではないでしょうか。

本当は、飛び級など学習進度に応じた対応がとれるとよいと思いますが、日本の教育制度ではまだまだむずかしいのでしょうね。

それでも、ギフテッドの子どもたちがせっかく持っている能力・意欲・知的好奇心が、最大限に活かされない現状は、とても残念な気がしてしまいます。

どんな人生が正解、ということはないし、学業が最優先とも思いませんが、やはり全ての人が得意なことを伸ばしていける、どんな才能にも価値が認められる、そんな社会が実現することを望んでやみません。

皆さんの中に、お子さんの学習意欲を保つために工夫していることや、塾や教材、オススメのサービスなどの情報をお持ちのかたがおいででしたら、ぜひコメントなどでシェアしていただけると嬉しいです。

それでは、今回も読んでいただいてありがとうございました!


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